2010年12月23日

いつか蝶になる。



いつか蝶になる。

透明な円をなぞるように揺れて
曖昧で脆く 消えるように踊って
時折、視界を横切る蝶は
痛みの感じる覚めない夢みたいに。

いま開いたその手で
いま描いたその絵が
あまりにも綺麗で すべてを遠ざけた。

いま開いたその眼に
いま映ったその絵は
あまりにも綺麗で すべてを遠ざけた。

点線に沿って切り取り捨てるみたいに
灰色の朝は誰にだって訪れて
周りのすべてを巻き込みながら
例外は許されず いつか蝶になる。

いま開いたその手で
いま描いたその絵が
あまりにも綺麗で すべてを遠ざけた。

いま開いたその眼に
いま映ったその絵は
あまりにも綺麗で すべてを遠ざけた。



作詞・作曲/HarmKia
歌/根音ネネ
イラストはピクシヴよりみかげさんからお借りしました。
『年をくわえたわたし。』http://p.tl/i/14718199
ありがとうございました。



いつか蝶になる。ってことは、いつか蝶にならなければいけない。

実はPoolside Girl.という曲と同じくらいの時期にある程度の形はできていたんですが、
メロディが全く思い浮かばず、次に歌詞が全然出て来ず、最後にミックスが迷宮入りしたのを経て
ようやく吐き出すことができました。
ある程度カタチができた後に放置してしまうと、そこで固まってしまって、
足すこともできなければ引くこともできない、4面くらいまで揃えたルービックキューブのようだなって。
でも、声の処理の仕方が、偶然にもずっと描いていた理想に近づいたので、それに合わせて。

歌詞は抽象的に。
「いつか蝶になる。」というタイトルだけは固まっていて、そこから付かず離れずという具合に。
「蝶」という言葉は華やかでサナギ→蝶というのは推奨されるべき良いこととされていますが、
蝉などと同じように成虫になると寿命は長くなく、それってどうなんだろう、と。
どんな風にでも捉えられるし、むしろあんまり意味を考えなくてもいいんですけれど、
ぼくは「成長痛の歌」だなって思っとります。

素敵なイラストは、もうそれだけでなんというか、言いたいことを言ってもらえた気がして。
ホントありがとうございました。

12月22日は根音ネネが配布されてからちょうど一年に当たる日で、
この日に曲を公開できたことをうれしく思います。

よかったら、聴いてみてください。



Twitterでも少しつぶやいたのですが、この曲をもってひとまずUTAUを積極的に使った活動は一区切りにします。
というのも、ここ数カ月、ずっと曲が全く作れず、体調も低空飛行を続けたままで、
現実での生活もかなりいろいろとご迷惑をおかけして、どこかで少し線を引かないとなあ、と思ったからです。
とは言ってみたものの、生まれてきたものを無理やり抑え込むという器用なことはできないので、
もし、これはUTAUを使いたい、と思ったらふつーに投稿すると思いますが。

来年はちょっとインディーズバンド的な活動方法を取り入れて、違う方向にも目を向けてみたいなあって。

これからもどうぞよろしくお願いします。
posted by HarmKia at 01:19| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月16日

#2

飛行機が遠い空に、自分が確かにそこにいたことを残そうと、白い線を描いているのが見えた。
冷たさが嗅覚を突く。吐き出した息は白くそこに少しでも留まろうとして、やがて形を失った。
ぼくは人の流れに目をやる。
その一人ひとりに行く先があって、帰る場所があるという当たり前の事がうまく飲み込めなくて、
むしろその流れ自体がひとつの生き物や自然現象の何かと言ってしまった方がうまく処理出来そうだった。

視点が引く。
君は、君自身の背を見る。
まるでコントローラに忠実に従う勇者を操るみたいに。
不意に身体が寒さを思い出す。
君だって得体の知れない動物(あるいは自然現象の何か)の一部でしかないという
透明の事実に輪郭線が描かれる。

視点が戻る。
ぼくはまた人の流れに目をやる。
今度は少しだけ、それを飲み込めそうな気がした。
もし飲み込めなくても、口の中で転がしておけばいい。
味が無くなったら噛んでみよう。

飛行機が遺した白い線は曖昧に形を失いながらも、
まだぼくの目で捕らえることができた。

明日はきっと雨が降る。
posted by HarmKia at 22:51| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

日常#2

古川日出男「二〇〇二年のスロウ・ボート」を読む。
村上春樹「中国行きのスロウ・ボート」という短編のリミックス的作品。
三度の東京脱出を試み、失敗し、その度にガールフレンドを失うという物語。

原作となった短編は、ああそういえばそんなタイトルの短編あったなあ、という程度にしか
覚えていなかったのだけれど、読み終えてみると、たぶん原作とは全く別の話なんだろうなあ、と。
古川日出男さんの本は、まだ3冊しか読んでいないのだけれど、とにかく疾走感がすごいなあ、と思わされる。
こう切れのいい言葉をエイトビートに乗せて叩きつけていく感じ。ろっくんろーる。前へ前へ。



部屋の乱れは心の乱れ。とはよく言ったもんだ、と思う。
察しの通り、ぼくの部屋はいまトンデモナイ。心も当然のごとく、それ。
そもそも、奇麗にしたって時がたてば"トンデモナイ"状態になるのだから、
ぼくにとって、それが普通であって、奇麗に整頓されているのが異常なんじゃないかとすら思えてくる。
けれども、やはりまだまだ人間の心を捨て切れていないので、部屋に帰ってきた瞬間に、
その状態だと心が萎える。相反する二つの思い。矛盾。
よく試験前日に、覚えなきゃいけないことを投げ出し、黙々と部屋の掃除をすることで
「達成感」だけは得る、ということをやっていたが、(当然、試験結果は容易に想像が!!)
いまはそんな生活ではないし、むしろ部屋の掃除を投げ出しているくらいなので、達成感も得られない。ああ、忌まわしき悪循環。

世の中には小さなおじさんを見たという変わった経験をされた方がいるらしーが、
もしいるとするならば、ぼくの部屋を掃除してくれやしないだろうか。
でも、非常に贅沢な条件を言えば、ビジュアルは可愛い感じでお願いします。
おやすみ。
posted by HarmKia at 02:50| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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